第一回四国青年部新世紀総会4

中国・広州大学「誉教授」称号授与式

孫文「日本よ、覇道でなく、王道歩め」

かつて孫文先生は、最後の日本滞在の折、神戸で「大アジア主義」と題した歴史的な講演を残されました。(1924年大正13年〉11月)
その講演は、「日本よ!覇道でなくして、断じて王道を歩みたまえ」という、命を振り絞っての叫びでありました。
日本は武力や侵略、また国家主義といった「覇道」を歩んではならない。民衆を不幸にする「邪悪な道」を歩んではならない。そうではなく「正義と人道」、すなわち平和主義、人間主義の「王道」を歩んでもらいたい!――と。
そして、その翌年、死を前にした孫文先生は、北京の病院で、四国の友に、“私の講演は日本人のに響いたか、どうか”と尋ねながら、日本への悲願を厳然と打ちこまれたのであります。
えば、周総理が医師団の制止を振り切って、私を招いてくださったのも、入院中の北京の病院でありました。
総理は、それほどまでに、平和の「王道」を歩む学会を信頼し、大事にしてくださったのであります。

2001-11-18 四国青年部総会 東京牧口記会館 池田大作全集93巻192頁】


第一次世界大戦の時には、アジアで最も人道的な軍隊と言われた日本軍(捕虜を大切にした。映画「バルトの楽園」はその頃のお話)も、第二次大戦時には大陸侵略という「覇道」を歩むこととなった。
様々な時代背景があるとうし、一概に言えることではないのかもしれないが、私はこうとらえている。
愚かな指導者に率いられた民衆ほど不幸なことは無い。侵略した方もされた方も、悲しくしいいをしたのは一般の民衆である。
戦争ほど悲惨で不幸なことはなく、平和ほど尊いことは無い。


創価の戦いは平和の「王道」を歩む戦いだ。武器は「言葉」である。
「世界から悲惨の二字を無くしたい」とは戸田先生の言葉。
一人一人との膝詰の「対話」から全ては始まる。
実践あるのみだ!
大事な一年。まず、自分が今いる場所で、信頼を広げ、行動を起こしていきたい。