特別寄稿 次代を開くキーワード1
「志国」にみなぎる創造の力
「志はまさに高遠に存ずべし」と、諸葛孔明は言った。
乱世なればこそ、志を高く掲げよ。遠大な心で、賢く強く生き抜け。これが、三国志の英雄の励ましである。
四国は「志国」。すなわち「志の国」だ。この四国で「大三国志展」が開幕する。(四国新聞社・主催、高松市・香川県立ミュージアム)
今年は、日中平和友好条約の締結から30周年。功労者である大平正芳元首相は、観音寺市豊浜町の出身であった。大平先生とは、私も1975年の1月、小雪の舞うワシントンで語り合った。周恩来総理が条約の早期締結を望んでいること、米国のキッシンジャー国務長官も賛成であること、そして民衆が支持していることを、直接お伝えしたのである。大平先生も「必ず、やります」と約束して下さったことが、忘れられない。
四国――発明と進取の気風
今、世界は「百年に一度」という金融危機にある。
1800年前、三国志の時代も、激しい動乱であった。多難な荒波を、いかに生き抜くか。三国志の英雄の英傑の智慧や勇気、友情の力から学ぶことは、あまりにも多い。
大三国志展には、中国の国宝にあたる国家一級文物52点をはじめ、貴重な品々が出品される。その一つに、孔明が考案したという「木牛」の復元もある。険しい道でも食料を自在に輸送できる手押し車だ。どうすれば、皆の負担を軽くできるか。そもそも、孔明の着想は、聡明な夫人が工夫した粉ひき機からアイデアを得たと伝えられる。女性の生きた智慧の光である。
「民を安んずるを以て本と為し、修飾するを以て先と為さず」――孔明は、民衆の幸福こそを第一義とした。この志が「天下三分の計」というビジョン、また農業や産業の復興政策、さらに洪水を防ぎ灌漑を進める水利事業などにも結実している。
「二十世紀の孔明」と仰がれた中国の周恩来総理は、新しい創造のための三つの智慧を提唱されていた。「無用のものを有用へと変える」「一用を多用へと変える」「古いものを活用して新しい価値へと変える」
創造の契機は身近にある。深き志をもって、衆知を結集するところ、価値創造の道は開かれるのだ。
江戸時代、讃岐の賢人・久米通賢は、孔明の発明とされる連弩(矢が連射できる弓)を改良し、夜盗からの防犯具とした。坂出の塩田も開発した。測量器具や時計、扇風機、ポンプ、マッチなども考案し、発明している。
相次ぐ家族の死や貧窮を乗り越え、通賢がひたぶるな創造を貫いたのも、自分に学問の道を開いてくれた周囲の恩に報い、社会に尽くしたいという志からであった。
「何がでっきょんな」の精神
今年は日本で初めて、オリーブの栽培が小豆島で成功して百周年。また、世界初のハマチの養殖の事業化が東かがわ市で成し遂げられて八十周年となる。私が対談した、アメリカの著名な経済学者サロー博士は、「独創性と創造性を受け入れ育む環境こそ、二十世紀の成功の中心となる」と主張されていた。私は、四国こそ、その天地であると期待を寄せる一人である。
四国新聞はじめ、四国の四新聞社による共同企画「四国の力――開発の現場を訪ねて」でも、新製品や新技術を創造する瑞々しい「ものつくり」の知恵が活写されている。既成概念に囚われぬ柔軟な発想、そして未知の世界に挑戦しゆく勇気が鍵である。不透明な時代だからこそ、「志国の創造力」が一段と希望の光を放つ。
讃岐弁では、挨拶代わりに「何がでっきょんな」と声を掛け合う。「こんにちは」の代わりに、「何ができるのですか」「何を創っておられるのですか」と励ましあう創造の志あふれる天地を、私はほかに知らない。