御書をひもとくより


政治に参加する味を復習しておきたい。
「御書をひもとく 要文123選」男子部教学室編」(第三文明社)から抜粋しました。



 汝(なんじ)須(すべから)らく一身の安堵をわば 先(ま)ず四表の静謐(せいひつ)を禱(いの)らん者か(御書31頁)


(通解)あなたはすべからく一身の安泰を願うなら、まず世の静穏、平和を祈るべきである。


 戸田先生は、「社会の不幸に目をつぶって、宗教の世界に閉じこもり、安閑とただ題目を唱えているだけなら、大聖人の立正安国の御精神に反している」と断じられた。大聖人が、この一節で仰せの通り、社会の安穏を実現しなければ、人々の幸福はないからだ。
 創価学会が社会のあらゆる分野に積極的にかかわる原点が、ここにある。現実のうえで人々を何としても幸福にしたいという「人間への責任」が「社会への責任」へと広がり、具体的な行動につながっていくのだ。
 草創期から、学会員は民衆の真っただ中に飛び込み、自分のことは後回しにしてでも、友のため、社会のためにと行動してきた。そのなかで、政治にも参加してきたことは自然であり、当然のことである。政治を民衆の手に取り戻し、平和で幸福な社会を建設したいとの熱き使命からである。
 池田先生は、次のように語られている。
 「『権力と一体化して権力者を助ける』のでもなく、『政治から身を引くことによって権力者を助ける』のでもない、第三の道。それが日蓮大聖人の『立正安国』です。正法という“永遠の真理”の側から、現実へつねに『向かっていく』『かかわっていく』『変革していく』。これこそが、権力の奴隷にならない唯一の宗教の道なのです。だからこそ、この道には弾圧がある。がある。だから本物なのです」
 「立正安国」の精神を現代に蘇らせ、社会のために戦う実践こそ、私たちの使命である。 

【御書をひもとく 242頁より】


「向かっていく」「かかわっていく」「変革していく」との姿勢から私見ですが、書き込みたい。


法戦に功徳があるのは、結局自分の中に巣くう「権力の」「官僚主義」と戦い、心中の臆病の壁を破り勇気を出して友好対話に打って出るからではないかと思う。
「慈悲とは勇気である」とは、師の指導です。
人間には根本的に「強いものには従う」という本能を持っている。「権力に弱く・だれかに指示してもらいたい」と願う傾向性があるのだとも思う。


日本人は特にそういう傾向が強い。水戸黄門が人気のある所以です。印籠に「ははー」と土下座する国民が強いのでしょうね。
これを打ち破るには、深き哲学が必要だ。
私たちは、仏法と言う「生命哲学」を持っている。
だから、信仰を根本に、勇気を持って社会の荒波に打って出ることができるのだ。
もともと生命に巣くう魔性と戦い、打って出る行動に「功徳・福運」も厳然と備わっていくのではないでしょうか。


我が公明党は、権力と一体化して助けているように見えてしまうことが多い。
んが、自民党が情けないのです。
「しっかりせえよ!自民党」と怒鳴ってやりたいぐらいです!
政治資金規正法とかかなり切り込んだ法律もできてきてはいますが、「政治と金」の問題に関しては、自民も民主も似たようなもんではないかと感じることが多い。


公明党から矢野や竹入のような「おかしな輩」が出てきたことも事実です。
こいつらも「金」にまつわる疑惑がありますね。
まあ、権力悪に切り込む戦いですから、刃こぼれもあります(笑)


政治の世界はシビアです。
与党とはいえ公明党は少数派……。
物足りなくじることも多いが、その中では、良くやっていると言える。
マニフェストの実現率を検証すれば、そのことがよくわかる。


しかし「公明党の国会議員は地方議員をもっと見習え」「公明の風を吹かせるぐらいの行動力を見せろ」とはいつもうことだ。
地方議員でもおかしくなってしまうものもいるが、ほとんどの方は最前線で同志の見を真摯に受け止め「無理な要望」と呼べるものにまでにも迅速に行動している。
私の地域の議員が真面目であるからこううのかもしれない。


公明党のいいところは、それら地方議員と国会議員とのネットワークが出来上がっていることだ。
「これは国で、何とかしてもらわないと」という案件が国会にも届いていく。


ちと脱線したが(笑)
権力の奴隷にならないためには、選挙ではかっちりと投票していくことだ。
「政治に関心がない」「自分ぐらい投票に行かなくても大して変わらない」等、投票に行かない人も多いが、どの政党の支持者にせよ、投票結果しか政治家には届かない。
主権在民」ですから、かぎりなく100%に近い投票率を目指したいですね。(都議選も10ポイント程度投票率が上がったらしいが、まだ50%程度だ。日本人の政治への識は薄い……。)


創価学会が政治に参加していることに、いまだにいろいろ言う人もいますが、一般の方の政治への識が薄すぎるのではないでしょうか?
私は、学会員であったおかげで、選挙権を得て以来ズーーット参加しています。
その上に、政策や政治のことも学び続けることができています。


まあ、創価学会の戦いは政治だけではありません。
Web上には、そんなことも知らない方があまりにも多いですね。
ひどいのになると選挙のためだけに、いろいろなことをしていると書き散らしているアンチもいます。
まったくリアルには影響はありませんが(笑)


長くなってしまいましたが、戦いきった同志の皆さま「お疲れさまでした。引き続き前進していきましょう」
で、お互い悔いのない自身の歴史を刻んでいきましょう(* ̄0 ̄)/