団結堅き“異体同心丸”


私は、かつて、美しい、力強い団結で進む創価学会を大船になぞらえ、そのを“異体同丸”とづけた。皆さんは、全員、その誉れある乗組員である。
今、この大船は、生命の世紀に向かって、荒れ狂う怒涛も悠々と乗り切って、いよいよその速度を増しながら進んでいる。その大船を動かしている主体者は皆さんである。皆さんこそ創価学会の支えであり、創価学会それ自体であるといってもよい。その皆さんに、大聖人の血脈が流れないわけはない。絶対に幸福へのコースを、真一文字に進んでいることを確信していただきたい。
だが、利のため、あるいは虚栄のため、見栄のため、同志を大事にせず、いじめたり、犠牲にしていく人は「者としてを破る」との戒めにあたる人であろう。厳しい仰せではあるが、創価学会の精神は、これ以外になく、また、今日までの伝統も、現在の戦いも、未来の建設も、絶対に、異体同の四文字に尽きることを知っていただきたい。

【第1回婦人部総会 1969-3-1 記論文】


「異体同の団結で!」と壇上で叫ぶ幹部は多い。
が、団結を作り上げる戦いをしている幹部は少ない――とう。
団結は信頼関係の上に成り立っていくものであるために、時間がかかるのだ。
「好き・嫌い」は関係ない。私も信頼しているが「合わない」人はいる。(幹部で)
情があるのだから当然のことであろうとう。


異体同の「信の団結」を築き上げていくのが現場の戦いだ。
まず、会員さんを好きになること。相手を一念は必ず通じていくのだから。
“異体同丸”の誉れある乗組員として、同志と共に成長を目指す自分でありたい。
共に祈り、共に動き、共に学び、共に悩み、共に泣き、共に喜ぶ。
それから、共に酒を飲みかわす(笑)
忍耐強く一人一人光を当てて行きながら、この乗組員の輪に引き込んでいく。


今日、うれしいお話がありました。
「新聞啓蒙ができたんや、1ヵやけど(笑)。10年ぶり、もっと前かの?勇気がいったわ」と。
話してくれたのは、先頃から発したTさん。発以来1時間唱題を続けておられます。
私の父親と同じ年代で「男子部の時は、あんたのお父さんの所でよく飲ましてもろたんや」といつも言われる。
そういえば、家におじゃまするといつも飲んでいたなあ(笑)
のきっかけは何気なく読んだ『新・人間革命』だったそうだ。


もっともっと「異体同」の輪を広げていきたい。