相手の迷妄を打ち破る確信


 次に大切なことは確信です。いくら対話だからといって長時間をかけても、効果がない場合があります。逆に、確信に満ちた、ただの一言で、相手を奮い立たせることのできる場合もあるでしょう。それは結局、相手の人の状態によって決まるのです。
 ですから、相手がどういう人なのか、よくその本質を見極めていかなければなりません。
本当に信法のことを聞きたい人なのか、ただ単なる批判に終始している人なのかといった、相手の本質は、おのずからわかるものです。相手が道理を無視して批判のための批判をしてくるような場合には、厳然と言い切っていく確信ある指導が大事なのです。出発も最後も、結局“確信”の二字で決まります。
 どうか、どこまでも話し合い、納得させていく対話をするとともに、もう一面は、厳然たる信の確信の利剣を持って、相手の迷妄を断ち切り、引っ張っていくとの、この両面を忘れずにリードしていっていただきたい。

【在京大ブロック長会 1968-4-20 信濃町・東京文化会館


対話の拡大は、内外問わず「創価」を広げていく一番大事な戦いだ。
信頼の拡大は対話と誠実な行動からしか広がらない、内部においても集めることに重きを置いているうちは信頼を積み上げることはできない。
わかりやすく言うと会合で語られることは、新製品のカタログみたいなもので、いい所を主張する事で皆が元気になる、が、短所を聞かされることはないということだ。
そんなことすら考えない人も多いですが……(笑)
人を集めた場で語ることはそれでいいとう。
しかし、現場で語る場合はそれでは信頼を勝ち取ることはできない。
普段の振る舞いが大事なのだ。


余談になるが、公明新聞公明党の……、赤旗共産党の……カタログみたいなもの。
どちらも読んでいるとそうじることが多い。
短所を見つける力をつけないと、言いなりになってしまう。
利剣を磨かなくてはならない。
言いなりから生まれるのは、過去の知らずの議員たちだ。
自分で考える力をつけないとどうにもならない。
組織の奴隷になることなかれとは、自分で考えろということだ。
自主・自立の力を湧き立たせるのが信仰なのだ。


まあ、現実での戦いは、どこまでも一人一人の人間力というか振る舞いから始まる。
信頼のない所に友好対話は成り立たない。
誠実な行動と対話で、自身の不可能の壁をぶち破っていきたい。