最高協議会


戸田先生は言われた。
「こっちには信心があるからといって、手をこまねいていると、そこに油断がおきるのだ。戦いには必ず相手があるのだから、慎重に万全の対策を立てなければならない。
四条金吾が敵に狙われて危険な時、大聖人は至れり尽せりのご注意を、こまごまと、おしたためになっているではないか。
まさに『用心あるべし』の御金言を噛みしめるべきだ」
戸田先生は戦時中、投獄され、軍部権力と戦い抜かれた。
ひとたび難にあうと、てのひらを返したように裏切る者がいた。師を罵倒し、去っていく者もいた。
それを語る先生の声は憤怒に燃えていた。
学会のおかげで偉くなりながら、傲慢になり、同志をしめる人間には、「恩を知らない、不知恩の輩だ」「学会よりも、自分のこと、個人のことを大事にする連中だ」と激怒された。
先生は、学会の麗しい和合を破ろうとする者がいたならば、青年部が、ただちに戦えと厳命された。
「いくら立派そうに見えても、悪に対して、弱い人間、悪と戦わない人間は、結局、ずる賢い人間だ」
これが恩師の未来への警鐘であった。

【最高協議会 2006.2.27付 聖教新聞


先生は、「悪と戦わない人間は、師弟を忘れた姿だ」といわれている。
中途半端な心では、悪と戦うことはできない。悪を見抜いていくことも大事だ。
「慢心」と「油断」を追い出し、断固とした信仰者として立ち上がっていきたい。


「学会に腰抜けの人間はいらない。悪への怒りなき者は去れ!
私は、最後の一人になっても戦う!」
これこそ、惰弱な幹部に対する戸田先生の痛烈なる叫びであった。

【同 最高協議会】


私たちは、「戸田の命よりも大切な組織」をたくされているのだ。
片寄った命であってはならない、常に信心の眼を磨き、自立した信仰者でありたい。
今いる場所で、理想の組織構築をめざすのみ!