後輩を立派に育成しようという真心と情熱を持て


私は第四部隊の4人の班長の中の一人で、班員は32でした。第四部隊は部隊長の陣頭指揮で魅力ある実践の部隊として、邪宗闘争とか理論闘争には非常に強かった。
 私は常に先輩を大事にし、立ててまいりました。終始、部隊長を守りきって戦ったのです。しかし、時には部隊長の無理な指導に矛盾をじ、部隊長はもう少し後輩に対しいやりを持ち、納得のいくようにしたらどうか、こうの中でったこともありました。同じように諸君の後輩も、諸君に対してそうっているかもしれない……。
 幹部は自分一人いい子になり、人に認められて立身出世をしようとい、同志や後輩を踏み台にするようなことは絶対にあってはならない。自分の身を投げうって後輩を立派に育成しようという真と情熱こそ、持ち続けるべきです。

【青年部幹部会 1968-3-13 東京・日大講堂


班員が32ということは、今で言うと小さい部か大きい地区ぐらいでしょうか、長を守りきって戦ったが矛盾をじたこともあると言われています。
私も何回もあります(笑)
直接見したこともありますが、学会の組織が利害やお金のつながりでなく信仰を根本とした人間関係で成り立っていることを考えると、矛盾したところが出てきて当たり前です。
それぞれに、信仰も体験も違うし考え方も別物なのですから。
だからと言って言いなりになる必要はありません。組織の奴隷になることなかれです。


今とは、組織も時代背景も違うし精神論になってしまいますが「自分の身を投げうって後輩を立派に育成しよう」とのいが大事ではないかとじます。
本当に後輩や会員さんのことをってやっているのか、自分の立場や小さな正義に囚われてやっているのか、同じ行動をとっても全然違います。
ここが、横から見てもわからないところです。


最近は「を上げろ」との指導を盾に、不平不満を言い散らしている輩もいる。(「言い散らす」という表現がぴったりはまります)
ふと気がつくと自分も陥ってしまっていることもある(笑&反省)
学会活動は、まず自分が「喜んで戦えているのかどうか」が大事なのだといます。
その上で、自分が納得できないとか、考えていたことと違うとかった時には「祈る」しかない、「祈る」ことで不平や不満を前進の糧に転換することができる。
悪を即善に変えることのできるのが、創価の信仰です。
だいたい、後輩を育成していこうとの真と情熱があれば多少のことは気にならなくなるものです。
で、結果を持って、言うべきを言う。
会員さんに愚痴ってはだめです。相手にぐうの音も出ない結果を突き付けてやればいい。
組織は役職が上の方が強い。幹部を動かしたいのであれば上位役職者を使え!
会員さんのことを考えるのであれば、したたかさも必要。


まあ、個人の実践としては、ある一人ひとりが責任ある言動で信頼の輪を広げていくしかない。
日々、実践していきたい。


追記
sokaodoさんから教えていただきました。
この時の部隊長が竜年光だそうです。
心あるメンバーは、想像力を働かせましょう。
苦労があって当たり前、師の戦いに続いていこう!