サンデーワイド


我が、四国男子部長。山崎雄一氏と「今治市村上水軍博物館」館長、矢野 均氏の対談が掲載された。

戦国の世を勝ち抜いた秘訣


山崎 (村上水軍は)この激しい(瀬戸内海の)潮流の中で、厳しい戦国の世を勝ち抜く“海の常勝集団”としての実力を磨いていったわけですね。
矢野 何よりも、彼らには優れた航海術がありました。九州から大阪に至る海図まで作っていた。どこに磯があり、岩礁があるか。水深はどうか。すべて、たなごころにあったのでしょう。
それで船を操るわけですから、神出鬼没。機動力がある。人や物も大量に運べ、行動範囲も大きかった。だから常に新しい情報が入る。連携のスピード、統率にも勝れていたことでしょう。負ける気がしなかったんじゃないかな(笑い)戦いの中で、こういう強い人間たちが鍛え上げられたのだといます。
山崎 組織化された総合力を備えていたからこそ、4000の毛利軍に加勢して2万の陶軍を奇襲で破った「厳島合戦」や、織田信長傘下の九鬼水軍に勝った「木津川合戦」など、勝利の歴史を残してきたのでしょうね。
接近戦での勇気、九鬼水軍との勝負を決めた武器「焙烙火矢(ほうろくひや)」を生んだ知恵も、抜群だったんじゃないでしょうか。
矢野 村上水軍には、陸地部を攻めて領地を増やしていったことがありません。陸の勢力の依頼を受けて加勢する。その代償として土地を何千石もらったというぐらい。そこが陸の大との大きな違いです。あくまでも独立独歩。「海の民」として生き抜いた。
しかし、その実力を誰も無視できなかった。だから信長・秀吉・家康という天下人に従わなかったにもかかわらず、水軍は生き残ったのです。

戦いは、「スピード」「機動力」「団結」。
戦いの中で人間は鍛え上げられていく。
「独立独歩」とは、私達で言うと「自立の信仰」ではないでしょうか。
暑くなってきて、現場仕事の私は、バテ気味ではあるが、自分を叱咤し戦いに取り組んでいきたい。
「祈って動く」王道の戦いに、日々挑戦だ!