ふと見た「第三文明」


本日、婦人部長宅で白ゆり長さん等と座談会の案内状を作成の後、帰宅しPCの前に座ったときに、傍らに、月刊「第三文明」がありました。なにげなく、パラパラとめくっていると、カラーのページが目に飛び込んできました。


体調がすぐれない時など、自分を励ますように、一字でも一行でも書こうと努めた。一枚、そして一枚と積み重ねては、「正」の字を書いていったものである。 また、至るところに原稿用紙を置いておき、いつでも、どこでも、ペンをとれるようにして執筆に挑戦した。 海外の旅先で夜更けて原稿に向かった時もあった。地方指導の車中で、構想を練り上げることもあった。対談等の原稿と重なって、思考を振り分けるのに苦労もした。 宗門側の卑劣な策動によって、執筆・連載さえもままならぬ、はがゆい時期もあった。

第三文明2000年12月号「私の人生録」より】

池田先生が師である戸田先生の真実を後世に残すべく「人間革命」の執筆の戦いの事をかかれている一節でした。
次元はぜんぜん違いますが、「時間が足りない症候群」などと言っておられません。
時間をこじ開け、戦いに奮闘しつつ、書き込んでゆかなくてはと決意。
甘えのあるところに成長なし。日々前進の自身たれ。